有名な仕手筋、西田晴夫

株の売買で利鞘を稼ぐ人は多く、トレーダーとしての職業が確立しています。

法律に基づいた方法で株の売買をして利益を出すのであれば、何ら問題はありませんが、人為的に相場を操作して利益を得る仕手と呼ばれる投機的売買を行う人たちが存在します。

仕手とは幕代な資金を使って一気に特定の株を購入してその株価を高騰させて魅力のある株だと思わせます。他の投資者が株を購入しようとしたところで、一気にその下部を売って、売却した額を利益にするという方法です。

仕手は個人で行われることもありますが、集団で行われることもあり、それらの人達のことを仕手筋と呼びます。仕手筋に売買のターゲットにされた株は仕手株と呼ばれ、主に株価の安い銘柄や発行株数が少ないため浮動株比率が低い銘柄がターゲットにされやすい傾向があります。

最後の大物仕手筋と呼ばれた西田晴夫は、1950年に大阪で生まれました。市職員として働いていたときに株取引を覚え、証券口座などを使わずに水面下で仕手戦の指揮をとっていました。1999年にはある株式を100円台から2500円台まで急騰させて大きな話題になりました。

仕手株で稼いだ金を使うときも豪快で、愛人だった女性にはマンションを買い与えて法外な生活費を渡していました。様々な仕手株で荒稼ぎをしていたものの、2007年に大阪地検特捜部に仮装売買を繰り返ししていた金融商品取引法違反で逮捕されます。公判中に持病が悪化して倒れてしまい、2010年に控訴棄却されるものの、2011年に死去します。

金の切れ目が縁の切れ目というのか、親族が遺体を引き取らなかったため、西田晴夫と馴染みのあった投資家数人が荼毘に付して埋葬したと言われています。

大物仕手筋と言われる西田晴夫も、人生の最期は非常に寂しい終わり方ですね。

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